クラムジーとは、成長期の子供に起こる運動感覚の失調(パフォーマンスの低下)で、身体の急激な成長に脳のアップデートが追いつかないことが原因とされています。

 イップスとは、アスリートが心身のバランスを崩して、プレーの初期動作が困難となる現象で、ゴルフ選手のパターが打てない事例が有名です。漫画「あしたのジョー」において、主人公が心のトラウマから相手の顔面にパンチを出せなくなる(ボディしか打てない)シーンが描かれていますが、これも典型的なイップスと言えます。

 オスグッド氏病(以下オスグッドと略す)は、クラムジーと似た背景(成長期の急成長)において、膝下(脛骨結節付近)の痛みが出るとされるものです。  

 脳科学や認知神経科学の視点で表現すると、クラムジーは成長期に発生する運動回路エラーであり、イップスは成長期に限らず全世代で発生し得る運動回路エラーであり、オスグッドは成長期に起きやすい運動回路エラーに伴う膝下の痛みです。

 クラムジーとオスグッドは、成長期特有の問題として、筋骨格系の急激な成長(ハードの拡張)に脳の神経応答(ソフトのアップデート)が追いつかず、運動覚の失調(パフォーマンスの低下)や痛みなどを引き起こします。

 いずれもジュニアスポーツの現場で、子供たちを悩ます現象として、とくに監督やコーチなどの指導者、運動器プライマリケアの医療者やスポーツトレーナーのあいだではよく知られた概念です。

 他方イップスには多様な発症スタイルがあり、自然回復する一過性イップスと、難治性イップスに大別され、後者は局所性ジストニアと診断されるケースが多い…、と言いましょうか、別の視点で解釈すると、実は局所性ジストニアの患者さんが神経内科でそれと診断される前に、他者から「それってイップスじゃないの?」と言われていたり、本人がネットで調べてイップスだと思い込んでしまっていたという事例があるということ…。

局所性ジストニア

脳内の運動回路に異常が発生し、本人の意志に反して、局所の筋肉が異常な収縮をしてしまう現象。日本の医療現場では主に神経内科が対応しているが、近年では脳に電気刺激を加える方法も選択肢のひとつになっている。

 つまりイップスと局所性ジストニアはそもそも似て非なるものなのですが、昨今「イップスは心の問題ではない。そのすべては局所性ジストニアだ」と強弁し、両者を同一視している医療者がいるので注意が必要です。

 一過性イップスの多くは、運動回路の初期発火の次元(運動の動機付け等)に問題があり、心理的アプローチやアスリート自身のメントレやイメトレ等で自然回復する事例が多数報告されています。

 近年では高校時代のイチロー氏が「1年生投手が3年生捕手に投げることは、当時の体育会の空気では神様にボールを投げ込むようなもので、その精神的プレッシャーによって投げれなくなった」と振り返った体験談が有名です。

 その後イチロー氏は自身のセルフコントロールを極めることで、イップスを克服しました。本人は自身のレジリエンス(回復力)を“センス”という言葉で振り返っています。メタ認知に優れたアスリートはこうした手法で克服することができる…、歴史的なアスリートが身をもってイップスの実態を教えてくれています。

 
 一方、局所性ジストニアは運動回路の広範に及ぶものなのか、それとも一領域なのか、具体的にどのような障害に陥っているのか詳細なメカニズムは分かっておりません。病態は解明されていないのですが、日本では脳内の関連領域に電気刺激を加える治療が行われています。

 たとえばフォーカルジストニア(楽器奏者に起きる筋の不随意性収縮)が脳への電気刺激などで回復する事例が有名です。

 神経内科でジストニアと診断されるものは、基本的にイチローが体験したイップスとは次元の異なる病態であり、くれぐれもイップスと局所性ジストニアを混同しないように気をつけたいものです。


 クラムジーについてはジュニアサッカーやジュニアテニスのコーチやトレーナーのあいだで、国際的にも広く認知されている概念で、人種や国によって発生率が異なることが分かっています。

 サッカーでは、速く走れなくなった、ボールを蹴る感覚が悪くなった、疲れやすくなったという訴えが多く、テニスでは、フットワークが悪くなった、スイートスポットを外しやすい、ダブルフォルトが多くなった(サービスの感覚が悪くなった)等の訴えがあります。

 クラムジーの選手に対して、多くの現場ではオーバートレーニングの回避、身体全体を使う大きな運動の励行などを軸に、総論的には「骨格の成長が一段落すれば自然と回復する場合が多いので、選手が追い詰められないように配慮して見守る」というような対応がなされているようです。

 2022年のサッカーW杯では、日本の活躍が話題になりましたが、鎌田大地選手はジュニア時代にクラムジーに悩まされたことが知られています。ガンバ大阪のジュニアユースに所属していた際、父親に「いつになったら、オレの体は思い通りに動くようになるんだ」と吐露したというエピソードがあります。

 サッカーのプロ選手では清武選手や本田選手もクラムジーを経験していると言われていますが、認知科学統合の観点で見ていくと、そうしたケースに共通する、ある背景が見えてきます。

 それは環境の変化です。一般にアスリートがスランプに陥る際、そのきっかけとして所属チームが変わったり、練習環境が変わったり、コーチやチームメイトなど本人を取り巻く人間関係に変化が生じたり、そうしたことが要因になっているケースが多いと言われています。

 筆者はテニスのインストラクターを経て医療職に転向し、その後もトップアスリートの専属トレーナーを務めたり、病院の外来でスポーツ障害やリハビリを専門にやっていましたが、認知科学統合の観点から傾聴カウンセリングを行うと、8割以上に何らかの環境変化が認められました。

 たとえば先述した鎌田選手のケースでは、クラムジーを発症した中学時代、実家のある愛媛県から遠く離れた大阪の祖父母の家に預けられて、クラブに通う毎日を過ごしていたそうです。

 そのとき祖母との関係がギクシャクしたことがあり、祖母から「もう愛媛に帰ってくれ」と言われたことがありました(本人自身はプロ入り後「おばあちゃんにはホントにお世話になりました」と感謝の言葉を口にしています)。

 また中学に入ってからは毎年のように腰や手を骨折し、数カ月も離脱する不運にも見舞われています。こうした中で、自身の感覚にズレが生じるようになり、パフォーマンスの低下に悩まされたというのが鎌田選手のクラムジー体験です。

 
 ここからは筆者の私見ですが、肉体の急激な成長に、感覚のズレが生じるというメカニズムの背景に、心と肉体の統合がうまくいっていない、コンピュータにたとえると、ソフトとハードの統合がうまくいっていないというメカニズムがあるのではないかと考えています。

 つまり単純に身長が急に伸びたせいだとか、そういった肉体の問題だけではなく、そこに心身環境因子の問題が加わることで、同じクラムジーでも、軽傷から重症まで様々なタイプに分かれるのではないかという見方です。

 したがって筆者の現場では、クラムジーの選手に対しては傾聴カウンセリングを軸にして、内面に抱える様々な要因を把握しつつ、選手自身のメタ認知の向上に寄与するあらゆる方策を講じています。実際このようなアプローチのほうがスムースな回復に繋がることが当会の臨床データで示されています。

 実はイップスやオスグッドにおいても、まったく同じことが言えます。とくにオスグッドにおいては、一般に整形や整骨院で治療を受ける患者さんが多いと思われますが、患部だけに目を奪われてハード(肉体)のケアだけに終始するよりも、ソフト(脳の情報処理システム)に目を向けて、本人の気持ちに寄り添うアプローチをしたほうがスムースな回復に繋がります。

 以上、クラムジー、イップス、オスグッドに対して、認知科学統合アプローチ(COSIA)の観点からお話させていただきました。当記事を読まれた方にとって、何か少しでもヒントになるものがあれば幸いです。

認知科学統合アプローチ(COSIA)に興味のある方へ

認知科学統合アプローチ(COSIA)は「認知科学と医療の融合」を表す概念であり、その起源は運動器プライマリケアにおける疼痛管理にあります。

画像ラベリングと痛みの原因診断が乖離する現状において、世界疼痛学会(IASP)は痛みの定義を改訂し、「痛みの感情起源説」にシフトしています。

COSIAに興味のある方は是非一度「医療者・セラピスト専用サイト」にお越しください。貴殿のご参画をお待ちしております。