当会では、十数年前より「脳疲労(脳恒常性機能不全)」や「触覚刺激(タッチケア)の重要性」に関わる情報を発信し続けており、こうした概念は最近テレビでも取り上げられるようになりました。
そのような中、筆者の現場においても脳疲労ケアを目的に通院されている方が増えておりますが、その中のひとりA子さん(72歳女性)から、あるとき電話がありました。中学生の孫が体育の授業中、足首をケガしたので診て欲しいと。
さっそく来ていただくと、松葉杖をつきながら痛々しい姿で診察室に入ってこられました。すぐさま患部の状態を確認したところ、靭帯断裂のような重症ケースではなく、靭帯が伸びた(顕微鏡レベルでの微細な損傷とも表現できる)いわゆる中等症の捻挫でした。
ですが、本人の疼痛レベルはケガの程度と比して非常に高く(ケガの割には荷重時痛や圧痛がとても強い)、さらに熱感も強く、理学所見が平均以上であることが分かりました。
このようなケースでは、より厳重かつ徹底した患部の保護が求められると同時に、本人のメンタルケアが非常に重要になります。こうしたケガに対する肉体の反応は、本人のメンタルを反映している場合が多いからです。
固定装具を作りながら、本人への問診をきめ細かく行っていったところ、卓球に熱中するあまり学校の部活(卓球)だけでは物足りず、部活がないときも公民館での卓球クラブに参加し、1週間まったく休みのないスケジュールで練習に明け暮れる日々を過ごしていること、新人戦を控えていて、さらに熱のこもったハードな練習をし続けている中でのケガであることが分かりました。
学生やアスリートで、このようなメンタルを抱えている選手がケガをすると、回復が非常に悪いケースがあります。そして、こうしたケースではケガ直後の患部の状態を見極めることで、今後の回復状態を予期することが可能なのです。
それが先述した「ケガの程度に比して痛みなどの理学所見が不釣り合いなほど強い場合」ということになります。したがって、純粋な外傷レベルとしては、中等度の捻挫であっても、その対応は重症例と同様の処置を行います。そしてメンタルケアを早期に開始することが重要です。
今回のケースでは、卓球に対してあまりに打ち込み過ぎている状況、テンションが高くなり過ぎている現状について、メタ認知を促し、少し気持ちをクールダウンさせることが大事であることを説明します。同時にケガの程度は決して重症ではなく、安静固定、免荷歩行によって必ず回復するから心配ないことを詳しく解説します。
どうしても骨が心配なら整形でレントゲンを撮ってもらうように助言しますが、医師によっては過剰診断したり、MRIやCT等の過剰検査の流れを強いて、精神的な不安を助長させるケースがあるので注意する必要があること、万が一そうした説明を受けてしまった場合、鵜呑みにせずセカンドオピニオンを考慮することなどを伝えました。
結局、このお孫さんは近所の整形でレントゲンを撮り、当方の見解と一致した説明を聞くことで安心し、その後も患部への手厚い保護とメンタルケア(傾聴カウンセリング)を併行することで、スムースな回復となりました。
本人いわく「ライバル視していた友達にどうしても勝ちたくて、自分を見失っていたことに気づくことができました。ケガをしたおかげで、冷静になれる時間が作れて、逆に良かったんだと思えました」と振り返っていました。
こうした気づきを促すことも、運動器ケアの現場の役割だというのが、筆者の考えです。
今回のようなレベルの捻挫ですと、そもそも痛みの個人差という次元から荷重歩行可能なケースと不能のケースに分かれるわけですが、同じ程度のケガであっても、痛みの感受性には相当な個人差があり、臨床所見は様々です。
しかし痛みの個体差をまったく考慮しない医療機関においては、レントゲンやCTによる画像情報のみに100%依存した診断およびそれに基づく治療が行われるため、目に見えない問題が放置されています…、それがメンタルの問題なのです。
全く同じレベルのケガをしても、Aさんはスムースに回復し、Bさんはなかなか回復しないといったことがよく起こりますが、こうした違いは何に由るものなのか?もともとある筋肉の強度や身体の柔軟性などを思い浮かべる方が多いのですが、実際はそのような肉体の問題ではなく、メンタルの影響のほうが圧倒的に多いことが分かっています。
意外に思われる方が多いかもしれませんが、問診や傾聴カウンセリングを丁寧に行う医療機関の調査によって、ケガの回復に大きな影響を及ぼすのは、肉体の問題ではなくメンタルの次元であることが報告されているのです。
これはアスリートに関する調査でも同様の結果が出ており、痛みのないスランプ、痛みを伴うスランプ、このどちらにおいても選手のメンタルと相関していることが分かっています。ですからトップアスリートの多くはメンタルトレーニングを行っているのです。
運動器の外傷管理においては患部だけに目を奪われることなく、全人医療的(ホリスティック)な視点も重要です。今回ご紹介した症例はそうした意味において示唆に富む事例だったと言えます。
認知科学統合アプローチ(COSIA)に興味のある方へ
画像ラベリングと痛みの原因診断が乖離する現状において、世界疼痛学会(IASP)は痛みの定義を改訂し、「痛みの感情起源説」にシフトしています。
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