当記事は患者さん向け、医療者向けの両視点から執筆されています。
- CRPS(RSD)という表記について⤵
はじめに~CRPS(RSD)に対する安全な介入法~
下の写真は右足部に発症した小児CRPS(RSD)。あまりの激痛に「この足を切り落として欲しい」と訴えていた重症例。その回復期リハにおけるミラータッチング(触視覚クロスモダリティを利用したミラーセラピーの進化版)の様子です。
筆者が行っている施術「BReIN」で痛み回路の鎮静化を図った後、患部の筋委縮に対してミラータッチングを応用した筋出力誘導を行っているところです。「健側の力強い動きが患側に起きている」という“鏡像錯覚”による視覚フィードバック、さらに触覚・運動覚の複合フィードバックを利用して脳弾塑性を誘導します。
このように“脳にアプローチする視点”により極めて安全かつ効率的なリハを行うことができます。
下は2018年5月にTBS系列「林先生の初耳学」の番組内で筆者の施術シーンが紹介された際のオリジナル動画です。
自律神経(交感神経と副交感神経)については別の機会に詳述する予定ですが、CRPS(RSD)に見られる腫脹や浮腫の原因は血管運動(血管を開いたり収縮させたりする働き)を制御する交感神経の機能異常と考えられています。
筆者は自律神経機能検査をルーティンに行っていますが、BReIN(脳に働きかける統合療法)が自律神経バランスを回復させる現象を日々の臨床で確認しています。
BReINによって脳情報処理システムが回復すると、自律神経機能が回復すると同時に痛み中枢の活性化が鎮静化されます。
※CRPS(RSD)に対する回復期リハは痛みのコントロールが十分に為されて後、患者さん自身の恐怖心や不安感が解消もしくは小さくなったことを確認したうえで行われることが望ましい。
CRPS(RSD)の病態について~当会の視点~
数ある痛みのなかでも非常に複雑な病態を示すCRPS(RSD)。この疾患群に対する正しい認識を持つためには、まず「痛みと神経の関係」、さらに「痛みと自律神経の関係」、そして「交感神経の働き」について最低限の知識を持つことが必要です。
当会ではCRPS(RSD)の病態について、痛み中枢の活性化(※)-痛み記憶を形成する機能的ニューロン集団(セル・アセンブリ)すなわち痛み回路の過活動、およびボリューム伝達における非シナプス受容体の増殖反応-と、交感神経の機能異常という2つの病態が基礎にあると考えています。
(※)…脳の情報処理プロセスにおいて創られる痛み。過去の記憶や体験によって感覚を自動補正する“脳内補完”の一種と考えられる。肉体の部品(ハード)の問題ではなく、脳内アプリケーションソフトの次元であることから“ソフトペイン“と呼ばれる。
CRPS(RSD)について考えるとき、“痛み”と“交感神経の問題”を同軸の時間系列で見てしまうと、難解な病像になってしまうのですが、大胆にもこの2つを切り離して考えると、すなわち「2つの問題が一個体内において偶発的あるいは何らかの相関反応を伴って同時発生している」という仮の捉え方をすることで複雑な病態を理解しやすくなります。
“痛み”が臨床像の前景に立つ場合は「痛み中枢の活性化(ソフトペイン)」がメイン、“腫脹、浮腫、充血、阻血、委縮等”が前景に立つ場合は「交感神経の機能異常」がメインであるというのが当会の見方です。その実例を以下に紹介します。
CRPS(RSD)交感神経タイプ
CRPS(RSD)痛み中枢タイプ
CRPS(RSD)ハイブリッドタイプ
動的時間軸の考察からは、“痛み”と“交感神経の問題”が同時に並立する時期、前者あるいは後者の病態が相対的に強い(あるいは弱い)時期、前者あるいは後者のみが現出する時期があるため、交感神経に関わる検査や治療を行った時期によって、SMP(交感神経関与の状態)、SIP(交感神経が関与しない状態)といった違いが生み出されているというのが当会の見方です。
「不全型と完全型」という分類
【痛み中枢の活性化】あるいは【交感神経の機能異常】の両方、あるいはどちらか一方が極めて強固な状態に達し、不可逆的な変性に陥っているものをCRPS(RSD)完全型、可逆的な変性にとどまっているものをCRPS(RSD)不全型と区別する考え方があります。
当会の臨床データでは 完全型より不全型のほうが圧倒的に多く、不全型のほとんどが適切な介入によって完治し得るものだということが分かっています。
CRPS(RSD)体質について
CRPS(RSD)発症には準備体質とも言える“前駆状態”があると見なす視点があります。
そうした生体では筋肉や関節に負荷が加わった際の“抗力の低下”および“疼痛感受性の増大”が見られます。例えば、一定の姿勢を維持し続けることが極端に辛く感じるようになったり、正座に耐えられる時間が以前より短くなっていたり、運動後に体調が悪化しやすくなったりするケースです。
通常は筋や関節への負荷が増すと、そうした情報が脳内で処理されることで筋出力応答が高まります-中身の分からない段ボールを持ち上げようとした際、予想より重たかったとしても、脳は瞬時に反応して筋出力を上げます-が、脳の情報処理システムに問題を抱える生体ではそうした反応が遅れたり、翌日に以前より強い筋肉痛が現れたりします。
また同じ運動、同じ作業を長時間続けることが困難-すぐに不快な痛みを感じて中断を余儀なくされる状態-となり、結果的に筋持久力の低下を来たします。脳の働きにおいて負荷レベルに応じた適切な反応ができなくなると同時に、以前より強い痛みを感じやすくなってしまうのです。
このように脳の情報処理システムの問題として“筋出力応答の失調”および“疼痛感受性の増大”を来たしている生体を指して、“CRPS(RSD)体質”と呼ばれることがあります。
“体質”という言葉は実態にそぐわない表現ですが“脳質“という言葉がないので…。あくまでも便宜上の概念ではありますが、痛みの臨床では1~3割の患者さんにCRPS(RSD)体質が認められます。
平成17年4月20日読売新聞は『介護保険法改正案の目玉 介護予防「筋トレで悪化」16% 厚労省「向かない人いる」』という記事を掲載しました。
介護予防の目的で、要支援や要介護1~2のお年寄りに筋トレをさせたところ、要介護度の判定が悪化してしまった人が16%もいたというのです。
ちなみに右手の握力は40%が悪化し、全身の身体機能は28%が悪化したとのこと。おそらく筋トレのやり方を工夫することで悪化率を下げることは可能でしょうけれど、筋トレと相性の良くない脳を持っている人が一定の割合で存在する事実に変わりはありません。
このように筋トレで悪化してしまう人たちが“CRPS(RSD)体質”の一つと見なされており、事実その数字は当会のデータと符合します。もちろんCRPS(RSD)体質を持っている方の全てが実際に発症するわけではありませんし、後述するように脳弾塑性の発現により体質(脳の情報処理性能)そのものが自然と良くなってしまうケースもあり得ます。
人生の荒波において心身環境因子が強くなったそのタイミングで、脳の情報処理能力を超える刺激介入を受けた際に発症のリスクが高まってしまうのだと考えられます(なかには前駆状態が極端に短く、表面的には突然の発症に映るケースもあります)。
ちなみに筋肉を鍛えることの真の意義は「脳を活性化させること」にあるという視点があります。手段がどうあれ最終的に脳の活性化が為されると、自ずと筋出力や筋協調性が回復するからです。
したがって昨今テレビで紹介されている認知症予防のデュアルタスク(例えば替え唄を歌いながら同時に体操をする等々)を課す方法はロコモティブシンドロームにも有効であると考えられ、「筋肉を鍛える」という概念、手法ではなく、「脳を鍛える」という概念にシフトすることが今後の介護予防においても、また認知症予防においても重要になってくると思われます(ロコモティブシンドロームには相当数のCRPS(RSD)体質が包含されている)。
運動器の維持、回復を考える際、現状のごとき“筋肉ありき”ではなく、これからは脳に比重を置くことで、CRPS(RSD)体質の方も含め、年齢に関わらずより多くの人々がより安全に目的を達することができるはずです。
ただし脳を活性化させる手段、方法は種々ありますので、自分の脳との相性を見極めることも重要です。一番大事なのは「自分に合ったやり方」を知るということ…。
筋トレと相性のいい脳を持っている人もいれば、音楽と相性のいい脳、あるいはペットと相性のいい脳を持っている人もいます。アスリートの次元を除外するという前提で言えば、筋トレに頼らずとも五感を入り口にして脳を活性化させることで必要十分な筋力を回復あるいは維持させることが可能だということです。
少し横道に逸れました。本題に戻ります。
CRPS(RSD)改善への道のり~徹底して愛護的なアプローチを模索すべき~
基本的にCRPS(RSD)体質の方は脳内の痛み処理にエラーが発生しやすい-疼痛耐性が落ちている-ため、痛みを感じさせ得る介入手段すべてが禁忌となります。
暴力的な矯正術、トリガーポイントへの強刺激、牽引、強い指圧やマッサージ、筋負荷のかかる運動療法、加圧トレ等々を行うと、局所の痛みのみならず全身の運動機能や自律神経機能が不安定になります。
痛み止めの注射や点滴も悪化要因、発症要因となります。過去にこうした介入によって状態が不安定化、悪化した経験を持つ方はCRPS(RSD)体質の疑いがありますので、強刺激的な治療手段および侵襲的な介入は避けたほうが無難と思われます。
CRPS(RSD)体質の患者さんが手術を受けると、術後に不安定な現象が現れやすくなりますので、とくに椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症といった痛みの原因診断に齟齬を孕む疾患群では慎重な判断が求められます。医療者と患者さんの双方にとって当記事の内容が“判断”の一助となれば幸いです。
以上の視点を踏まえ、実際にCRPS(RSD)を発症している方に対しては、筋トレの類(負荷を加える手法)は絶対的に禁忌となります。ほんのわずかでも痛みを起こさせる治療行為も禁忌であり、とくにアロディニアに対しては厳重な疼痛管理が求められます。
最初の診察の、最初の触診で配慮のない触り方をして疼痛を惹起させるようなことは避けなくてはなりません。触るという一見単純な行為においてさえも、医療者は自らの五感を研ぎ澄ませ、細心の注意を払う必要があるのです。
医療者にとって、たとえ“それが常識”と思える医療行為を行ったとしても、もし不測の事態(疼痛感受性の増大、筋出力応答の異常、腫脹の発生等々)を目の当たりにしたら、何よりもまずCRPS(RSD)あるいはCRPS(RSD)体質を疑う姿勢が求められます。
以前筆者が勤めていた整形外科での話ですが、CRPS(RSD)体質の女性を担当したあるリハビリスタッフが「この患者さん、イタガール…」と笑いながら冗談を言っているのを見たことがあります。そのスタッフはCRPS(RSD)の知識をほとんど持っていませんでした…。
CRPS(RSD)あるいはCRPS(RSD)体質の方に対しては、痛みを感じさせ得るあらゆる治療行為を遠ざけて、患者さんの不安を徹底的に取り除いていくアプローチの先に恢復の未来があることをご承知おきください。
脳に働きかける種々医療のなかでも、当会が推奨しているBReINは際立った安全性と有効性を示しており、痛みが消失した後もBReINを継続される患者さんに見られる特筆すべき効果として、CRPS(RSD)体質そのものが改善されてしまうという現象があります。
おそらくBReINに限った現象というわけではなく、何らかの介入によって脳のシステムが変化すればー脳弾塑性が高い次元で発現するとー、CRPS(RSD)体質そのものが回復し得るのではと考えられます。
したがって、もしあなたがCRPS(RSD)体質だとしても、「一生激しい運動や筋トレができないのか、注射や手術が必要になった時にどうしたらいいのか」と悲観する必要はありません。
脳弾塑性は予測不可能な面を持ち合せており、いついかなるタイミングでその扉が開かれるのかは分からないからです。事実BReINによって開くことが既に明示されています(開き方には個人差があります)。
BReINのみならず、前述したように、あなたの脳と相性のいい何らかの方法が見つかれば、扉は開かれます。自らの五感力を駆使して、“脳が喜ぶこと”を試していけば、いつかきっと鍵が見つかるはずです。
BReINによる実際の症例についてこちらのページ「CRPS(RSD)の改善症例」をご覧ください。
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